2011年に調査した「ロンドン五輪で期待している選手」では、2位の内村航平(体操競技)に300票以上の差をつけて1位に選ばれた。
北京オリンピック閉会式の日本選手団の旗手を務めた。北京五輪日本選手団の主将の打診もあった。スケジュールが過密なため、コーチスタッフと相談した結果、これは辞退した。
北京オリンピックで日本人史上初となるオリンピック2大会連続2種目制覇の偉業に対し、国民栄誉賞受賞が噂されたが、プロ野球選手のイチローが現役中であることを理由に辞退していることから、北島も現役続行を理由に固辞した。
北京五輪時の中国メディアから「蛙王」の愛称がつけられた。
2008年10月 オリコンが“体育の日”にちなんで「好きなスポーツ選手」のアンケートを実施したところ、男性部門1位に北島が選ばれた。2009年に行われたアスリートの総合的なイメージを測定する「アスリートイメージ評価調査」では「パワフルな」アスリート3位、「常にチャレンジ精神を持ち続けている」アスリート3位などで上位にランクインしており、いまだに北島人気が衰えていないことを裏付けた。
愛読している漫画「ONE PIECE」の劇場版10作目の「ONE PIECE FILM STRONG WORLD」に声優として出演した。
実家は精肉店で名物のメンチカツは本人も大好物。メンチカツは1970年代に製造販売を中止していたが、2003年の世界選手権での北島のインタビューで実家のメンチカツが好物だと言った途端に問い合わせが殺到したため急きょ、復活した。アテネ五輪では2冠を獲得した直後の休日に、この名物メンチカツを買い求める客が殺到。2時間待ちの行列ができ、交通整理のために警察官が出動する騒ぎとなった。北京五輪で金メダルを獲得した際にも同様の現象が起きており、顧客にはこれを買うために遠方から駆けつける人もおり、最大時50人並びで全長20メートルの行列になるほどの大反響だった、という。 ▽「子供たちに水泳の楽しさを伝えたい!」という思いから「FROG TOWN MEETING」という子どもたちとのふれあい活動も行っている。日本じゅうを4万キロ歩いて日本地図を作った伊能忠敬が好きだなんて、伊能忠敬は死の直前まで地図づくりに没頭していたというから、「好きなことを続ける」という点では北島と共通しているのかも。
国際水泳連盟発行の雑誌が202の国と地域の水泳連盟と専門家による投票で選んだ「2000年代最優秀選手ランキング」で、平泳ぎの北島康介が3位に選ばれた。自由形のイアン・ソープも3位だった。ちなみに1位はオリンピックにおいて自由形、バタフライ、個人メドレー、リレー種目で合計14冠を達成しているマイケル・フェルプスだった。
SPEEDO製水着 北島は「SPEEDO」の水着を好んでいたが、所属していた東京スイミングセンターが「arena」ブランドの日本国内でのライセンシー(実施権者)であるデサントと親しかったため、個人の広告活動の解禁まで「arena」製の水着を使用していた。 アテネ五輪の年から「SPEEDO」の水着を使用したが、そのライセンシーだったミズノが独自水着の販売に踏み切ると、ミズノとの契約を続けた。2008年、三井物産とゴールドウィンが日本ライセンシーとなった「SPEEDO」が新型水着「レーザー・レーサー」を発表し、中村礼子(アシックスと契約)は新型水着を試したが、北島はミズノ製の水着を着用し続けた。
また、2008年5月18日東京辰巳国際水泳場で行われた競泳早慶戦に参加した北島は、日本選手権用の旧タイプ水着を着用した。試合後のインタビュー会見では、「SPEEDO」新型水着に関して質問が集中。北島は「正直言ってうっとうしいです」とイラ立った様子を見せた。
2008年6月、「ジャパン・オープン」では、途中までミズノ製の改良型水着を使い、タイムが伸びなかった。その後、レーザーレーサーを着用して世界記録を更新した。6月11日、公式サイトで「北京オリンピックではSpeedoの水着を着用しようと思います」と表明した。